Profile

藤森 久仁子

Kuniko Fujimori

VANA主宰

「役割を生きる私」から、
「本音を生きる私」へ。

20歳・16歳・13歳、3人の子どもの母。
元保育士として8年間、1,000組以上の親子と関わってきました。
色彩心理を用いたカラーセッションは100名以上。
半年間講座「remember me ― 本当の自分を思い出す ―」0期・1期・2期を開講。
美容室・保育園・児童施設などでも、1Day講座を開催しています。

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藤森久仁子 - 豊かさ創造デザイナー
KUNIのストーリー

本音を生きるまでの、
わたしの物語。

みんな、もっと自分の本音に気づいたらいいのに。

「いいよ」
「大丈夫」
「わからん」
「もういい」
「だって、仕方ないやん」

私は、そんな言葉を何度も口にしてきました。

けれど本当は、よくなかった。

大丈夫でもなかった。

分からなかったのではなく、 その場では自分の気持ちを言葉にできなかった。

諦めたかったのではなく、 本当は分かってほしかった。

一人になって落ち着いてから、

「ほんまは、あのときこう言いたかった」

と、自分の本当の気持ちに気づくことも、何度もありました。

本音がなかったわけではありません。

ただ、そのときの私は、 自分の本音に気づけていなかったのです。

だから私は、今、心から思っています。

みんな、もっと自分の本音に気づいたらいいのに。

本音に気づくことができたら、 人生は少しずつ自分のものへ還り始めると思うからです。

表に見えているものが、本心とは限らない

私が、人の言葉や態度の奥にあるものを意識するようになった原点は、小学生の頃に経験したいじめでした。

その出来事をきっかけに、私は周りの女の子たちを、少し離れたところから客観的に見るようになりました。

表面では、とても仲が良さそうにしている。

一緒に笑い、楽しそうに話している。

けれど、見えないところでは、

「あの子のこと、本当は嫌い」

と話している人もいました。

仲良くしているように見えることと、 本当に相手を好きでいることは、同じではない。

笑っているからといって、 心の中も楽しいとは限らない。

人が表に出している言葉や態度が、 その人の本心とは限らない。

私は、小学生の頃にそのことを知りました。

それ以来、相手が何を話しているかだけではなく、

表情。

声の調子。

その場の空気。

言葉と一緒に伝わってくる感覚。

そうしたものを、自然と感じ取るようになりました。

「この人は、本当はどう感じているんだろう」

「今話していることが、本当にその人の思っていることなんだろうか」

当時は、それを「本音」と呼んでいたわけではありません。

けれど今振り返ると、私はこの頃からずっと、表に見えているものと、その奥にある心の違いを見つめていたのだと思います。

人の本心を見ていた私も、自分の本音には気づけなかった

人の言葉と本心の違いには敏感だった私も、自分自身の本音には気づけていませんでした。

私は長い間、

「良い人でいたい」

「良い妻でいたい」

「良い母でいたい」

「良い娘でいたい」

そんな、たくさんの役割を生きてきました。

誰かの役に立つこと。

周りに合わせること。

家族を支えること。

期待に応えること。

それが愛情だと思っていたからです。

けれど、その生き方はいつしか、自分の気持ちを後回しにする生き方へと変わっていました。

本当は苦しい。

本当は寂しい。

本当は助けてほしい。

それでも私は、

「私が頑張ればいい」

「これくらい我慢しなければ」

「母親なのだから」

「妻なのだから」

と、自分に言い聞かせていました。

人が表現していることと、本心は違うことがある。

小学生の頃にそう気づいた私自身も、いつの間にか、笑顔の奥に苦しさを隠し、本音とは違う言葉を口にするようになっていたのです。

頑張ることで、人生を守ろうとしていた

私の人生には、さまざまな出来事がありました。

養女として育ったこと。

4度の流産。

不育症。

長男の障害。

娘の不登校。

そして、27年間向き合った夫婦関係。

何かが起きるたびに、私は悩み、傷つきながらも、立ち止まるのではなく、頑張ることを選びました。

子どものために。

家族のために。

誰かを困らせないために。

自分が何を感じているのかを確かめるよりも、目の前の問題をどうにかすることを優先してきました。

「こうするべき」

「こうでなければならない」

「これくらい我慢しなければならない」

誰かから受け取った価値観を、自分自身の望みだと思いながら生きていました。

当時の私は、それが本音ではないことに、まだ気づけていませんでした。

怒りの前には、何度も置き去りにした本音があった

私は、

「1回や2回では怒らない。 でも、3回も4回も続いたら我慢できない」

と思っていました。

けれど今振り返ると、3回目や4回目に突然怒ったわけではありません。

1回目から、本当は嫌だった。

2回目も、本当は悲しかった。

それでも、

「これくらいで怒ったらあかん」

「私が我慢すればいい」

と、自分の気持ちを抑えていました。

小さな違和感を何度も見過ごし、最後に大きな怒りとして表れていたのです。

喧嘩になったときには、

「最初から、そうしたかったわけじゃない」

と思っていました。

相手を傷つけたかったわけではない。

怒りたかったわけでもない。

関係を壊したかったわけでもない。

本当は、分かってほしかった。

大切にしてほしかった。

私の気持ちにも気づいてほしかった。

けれど、その本音を言葉にできないまま、怒りや言い訳として表現していました。

今なら分かります。

怒りの奥には、ずっと気づいてほしかった小さな本音がありました。

本音から離れた身体が、教えてくれたこと

自分の気持ちを後回しにし続ける生き方は、心だけではなく、身体にも現れました。

蕁麻疹。

便秘。

一年以上続いた目の下の痙攣。

膝の痛み。

理由も分からないまま、イライラする。

何をしても満たされない。

誰かを責めたくなる。

それでも私は、

「もっと優しくならなければ」

「もっと感謝しなければ」

「こんなことを思ってはいけない」

と、さらに自分を責めていました。

愛している気持ちもある。

けれど、苦しい気持ちもある。

感謝している。

けれど、怒りや寂しさもある。

相反する気持ちをひとまとめにしてしまい、自分が本当は何を感じているのか分からなくなっていたのです。

今なら分かります。

身体に現れていた反応も、心に湧き上がっていた感情も、

「もう、自分の本音を無視しないで」

という、私自身からのメッセージでした。

苦しさは、私が間違っている証拠ではありませんでした。

まだ気づいていない本音があることを、教えてくれるサインだったのです。

自分で思っている自分と、本来の自分は違う

私にとって大きな転機となったのが、色彩心理学との出会いでした。

色を通して自分の内側を見つめたとき、頭で考えていることと、潜在意識の中にある想いが、こんなにも違うのかと驚きました。

それまで私は、自分のことを、

「かわいいものが好きな人」

「ふわふわした人」

だと思っていました。

けれど講師から、

「KUNIちゃんは、かわいいというより格好いい人やで」

「ふわふわしているように見えるけど、本当は賢い人やで」

と言われました。

その言葉を聞いたとき、

自分が知っている自分は、自分の一部分でしかないのかもしれない。

「私はこういう人」と思っている自分の奥に、まだ自分でも知らないものがあるのかもしれない。

そう感じました。

小学生の頃、私は、人が外に表しているものと心の中は違うことがあると知りました。

色彩心理学との出会いによって今度は、

自分で認識している自分と、自分の奥にいる本来の自分も、違うことがある

と気づいたのです。

気づいても、すぐには本音を生きられなかった

けれど、本来の自分に気づいたからといって、すぐに人生を変えられたわけではありません。

言いたいことには気づいた。

自分が本当はどう感じているのかも、少しずつ分かるようになった。

それでも、言えませんでした。

誰かと話しているときには、

「わからん」

「もういい」

としか言えない。

けれど、一人になって落ち着いてから、

「ほんまは、あのときこう言いたかった」

と、自分の気持ちを思い出すことが何度もありました。

周りの環境も、人間関係も、それまでと変わっていなかったからです。

自分の中に格好よさや賢さがあると分かっても、それを外に表現することはできませんでした。

本音を口にしたら、誰かを傷つけるのではないか。

関係が壊れるのではないか。

否定されるのではないか。

嫌われるのではないか。

本音に気づくこと。

本音を受け止めること。

本音を言葉にすること。

本音から行動すること。

そして、本音を生きること。

その間には、それぞれ越えていかなければならない怖さや思い込みがあります。

私は、自分自身の人生を通して、そのことを知りました。

だから私は、本音に気づけば、すぐに何でもできるようになるとは思っていません。

気づいた本音を安心して受け止め、少しずつ言葉にし、自分の人生の中で選べるようになるまでには、安心できる場所と、寄り添ってくれる人が必要だと思っています。

養女として育った私が気づいた、本当の望み

私は養女として育ち、10歳のときにその事実を知りました。

ずっと、

「産みの母に愛されなかった」

そう思って生きてきました。

悲しかった。

寂しかった。

本音と向き合い続ける中で、本当に伝えたかったことは別にあると気づきました。

私が一番伝えたかったのは、

「お母さん、私は幸せだよ」

「結婚して、子どもにも恵まれたよ」

「たくさんの人が本音に気づいて、幸せな未来を創れるように」

「お母さん、お腹の中で私を育ててくれてありがとう」

そんな今の私を、ただ知ってほしかった。

恨みたかったのではない。

責めたかったのでもない。

本当は、今の私を知ってほしかった。

それが、私の本音でした。

表に出ていた感情の奥には、自分でも気づいていなかった、もっと深い願いがあったのです。

流産の悲しみの奥にあったもの

流産を経験したとき、私は、

苦しい。

悲しい。

そう感じていました。

もちろん、その悲しみは本当でした。

けれど、感情の奥を見つめていくと、

「私も母のように、子どもを産めなかったらどうしよう」

という、深い恐れがあることに気づきました。

目の前の出来事だけを見ていたときには、分からなかった想いでした。

悲しみの奥に、過去から続いている恐れがある。

怒りの奥に、分かってほしい気持ちがある。

苦しさの奥に、本当はどうしたいのかという願いがある。

感情は、なくすためのものではありません。

その奥にある本音へ還るための道しるべなのだと思います。

「分かってほしい」の奥にあった願い

夫婦関係でも、私はずっと、

「分かってほしい」

そう思っているのだと思っていました。

私の苦しさを分かってほしい。

私がどれだけ頑張っているかを分かってほしい。

私の気持ちを受け止めてほしい。

けれど、本音と向き合い続ける中で、本当に願っていたのは、

誰かに分かってもらうことだけではなく、

安心して、素直な自分で生きること

だったと気づきました。

相手が変わることを待つのではなく、自分がどう生きたいのか。

誰かの正解ではなく、自分は何を選びたいのか。

その問いに気づいたとき、人生の見え方が少しずつ変わっていきました。

なぜ、「気づくこと」が大切なのか

私たちは、自分の意思で人生を選んでいるように思っています。

けれど、自我が芽生え、

「私はこういう人間だ」

と考えられるようになった頃には、すでに家族や周囲の価値観が、心の奥に刷り込まれています。

「良い子でいなければならない」

「人に迷惑をかけてはいけない」

「我慢することが愛情」

「弱いところを見せてはいけない」

幼い頃の自分が、生きていくために身につけた考え方を、私たちは大人になってからも無意識に守り続けることがあります。

そして、その考え方に合わない感情や望みを、

「こんなことを思ってはいけない」

「こんな私は、受け入れてもらえない」

と、心の奥へ押し込めていきます。

悲しさ。

怒り。

寂しさ。

嫌だという気持ち。

頼りたいという気持ち。

自分らしく生きたいという願い。

抑え込んだ気持ちは、消えてなくなるわけではありません。

表に出すことを許されなかった自分として、心の奥に残り続けます。

私は、その抑圧された自分がいるまま生きていました。

自分で選んでいるつもりでも、実際には、

「こうあるべき」

「こうしなければ愛されない」

という思い込みに沿って、人生を選んでいたのです。

だから、苦しくても我慢する。

嫌でも「いいよ」と言う。

大丈夫ではなくても「大丈夫」と答える。

本当はどうしたいのかを考える前に、周りにとって正しい選択をする。

けれど、自分の中に抑え込んでいた想いや、本当はどうしたかったのかに気づくようになってから、私は少しずつ生きやすくなりました。

「私は本当は嫌だった」

「本当は悲しかった」

「本当は、こうしたかった」

そう気づくことで、初めて自分の気持ちを、自分が分かってあげられるようになったのです。

以前の私は、嫌な出来事が起きると、

「どうして、こんなことが起こるんだろう」

と思っていました。

けれど今は、

「この出来事を通して、私はまだ何かに気づこうとしているのかもしれない」

と考えられるようになりました。

今まで嫌だと思っていた出来事も、私を苦しめるためだけに起きているのではなく、まだ気づいていない想いや望みを教えてくれているのかもしれない。

そう思えるようになると、どんな出来事の中にも、自分を知るきっかけがあると感じられるようになりました。

人生は、正解通りに進めるものではなく、自分を知り続けるものなのかもしれない。

そう思えるようになってから、私は人生を以前よりも面白いと感じるようになりました。

気づくことが大切なのは、すぐに問題を解決できるからではありません。

自分の中にある、誰のものでもない、素直な望みが分かるようになるからです。

誰かに求められた自分ではなく。

役割の中でつくった自分でもなく。

「私は、本当はこれがいい」

そう思える自分の声に出会うことができる。

その気づきが、自分の人生を自分で選び始める、最初の一歩になるのです。

クライアントとの出会いで、確信に変わった

保育士として1,000組以上の親子と関わり、カラーセッションでは100名以上の方の心に触れ、講座ではたくさんの女性たちの変化を見届けてきました。

その中で、何度も感じたことがあります。

「その言葉の奥には、どんな想いがあるんだろう」

「本当に望んでいることは、何なんだろう」

「私は大丈夫です」

「私は平気です」

そう話している人ほど、心と身体は違うサインを出していることがありました。

本当は悲しい。

本当は苦しい。

本当は逃げ出したい。

本当はゆっくり休みたい。

でも、その本音にさえ気づけなくなっている。

一人ひとりの話を聴いていると、その人が口にしている言葉と、私がその人から感じ取る想いが違っていることがありました。

「大丈夫です」

そう話しているけれど、本当は苦しいのではないか。

「仕方がないです」

そう言っているけれど、本当は納得していないのではないか。

「家族のために、これでいいんです」

そう話しているけれど、本当は自分の気持ちを諦めているのではないか。

「これが私のやりたいことです」

そう言っているけれど、その言葉の奥には、別の願いがあるのではないか。

本人が頭で考えて話していることと、心の奥で感じていることには、ズレがある。

私は、クライアントさんとの対話の中で、そのズレを何度も感じました。

話を重ねる中で、初めは「大丈夫」と言っていた人が、

「本当は、ずっと悲しかった」

と気づくことがあります。

「仕方がない」と話していた人が、

「本当は、嫌だった」

と言葉にできることがあります。

自分が何をしたいのか分からないと言っていた人が、

「私は、本当はこれを望んでいた」

と、自分の答えに触れることがあります。

その瞬間、表情が変わります。

声が変わります。

身体の力が抜け、安心したように涙を流すこともあります。

私は、その変化に何度も立ち会ってきました。

そして、確信するようになりました。

人は、答えを持っていないのではありません。

自分の中にある答えに、まだ気づいていないことがあるのです。

私は、どのようにあなたの本音を見つけるのか

私は、あなたに答えを教えることはしません。

「こうするべきです」と、正しい生き方を決めることもしません。

あなたが話してくれた言葉を、まずは否定せずに受け取ります。

そのうえで、

表情。

声の変化。

言葉に詰まった瞬間。

何度も繰り返す言葉。

身体の反応。

話している内容と、そこから感じ取れる想い。

そうしたものを丁寧に見ながら、まだ言葉になっていない気持ちを一緒に探していきます。

「いいよ」と言った、その奥には何があったのか。

「大丈夫」と言わなければならなかったのは、なぜなのか。

「もういい」と諦める前に、本当は何を分かってほしかったのか。

怒りになる前に、どんな小さな気持ちを我慢していたのか。

そして、

「本当に、それで大丈夫ですか」

「そのとき、どんな気持ちでしたか」

「誰のことも気にしなくていいとしたら、本当はどうしたいですか」

と問いかけながら、頭で考えてつくった答えではなく、心や身体から自然と出てくる答えに触れていきます。

私は、本音を無理に言わせることはしません。

本人がまだ受け止められないものを、急いで明らかにすることもしません。

本音に気づくために最も必要なのは、正しさではなく、安心だと思っているからです。

否定されない。

急かされない。

答えを決めつけられない。

どんな感情を持っていても大丈夫だと思える。

そんな安心の中で、人は少しずつ、自分の本当の気持ちに触れられるようになります。

どのような人が、私のもとを訪れるのか

「いいよ」と言ったあとに、モヤモヤする人。

「大丈夫」と言いながら、誰かに気づいてほしい人。

その場では「わからない」としか言えず、後になって本当の気持ちを思い出す人。

我慢を重ね、限界を超えてから怒ってしまう人。

家族を大切にしているのに、なぜか苦しい人。

夫や子どもにイライラし、そのたびに自分を責めてしまう人。

本当は嫌なのに、断ることができない人。

周りの期待に応え続け、自分が何をしたいのか分からなくなった人。

やりたいことを探しているけれど、何を選んでもしっくりこない人。

学びを重ねても、なかなか行動に移せない人。

頭では理解しているのに、同じことで何度も悩んでしまう人。

人のためには頑張れるのに、自分のためには動けない人。

自分の気持ちを伝えようとすると、怖くなったり、言葉が出なくなったりする人。

一見すると、それぞれ違う悩みに見えます。

けれど、その奥には、

「自分が本当はどう感じているのか分からない」

「本当はどうしたいのか分からない」

「分かっていても、その気持ちを認めることが怖い」

という共通点があります。

何か大きな問題を抱えていなければ、来てはいけない場所ではありません。

「このままでいいのかな」

「何となく満たされない」

「うまく説明できないけれど、ずっと苦しい」

そんな小さな違和感も、本音へ還るための大切な入り口です。

本音に気づくと、あなたはどう変わるのか

本音に気づくことで、突然別人になるわけではありません。

強い人にならなければいけないわけでもありません。

少しずつ、自分の感覚を信じられるようになります。

「私は、これが嫌だった」

「私は、本当は寂しかった」

「私は、助けてほしかった」

「私は、こうしてみたい」

今まで押し込めていた気持ちを、自分自身が分かってあげられるようになります。

すると、自分を責めることが少しずつ減っていきます。

誰かを責めていた理由にも気づけるようになります。

無理をして頑張っていたことにも気づきます。

そして、自分の気持ちを知ったうえで、何を選ぶのかを考えられるようになります。

嫌なことを、すぐに我慢せず伝えられるようになる。

できないことを、誰かに頼れるようになる。

疲れているときに、罪悪感なく休めるようになる。

周りと違っても、自分がよいと思うものを選べるようになる。

失敗を恐れながらも、やってみたいことに一歩踏み出せるようになる。

相手を変えようとするのではなく、自分がどう関わりたいかを選べるようになる。

こうした小さな選択が積み重なることで、

子どもとの関係。

パートナーとの関係。

親との関係。

仕事。

お金。

時間の使い方。

そして、人生そのものが少しずつ変わっていきます。

本音に気づくとは、感情のままに生きることではありません。

自分の気持ちを理解したうえで、自分にも相手にも誠実な選択ができるようになることです。

その先に待っている未来

私が目指しているのは、悩みが一つもない人生ではありません。

悲しみや怒り、不安を感じなくなることでもありません。

何かが起きたときに、自分を置き去りにしない生き方です。

苦しいときに、

「私は今、何を感じているんだろう」

と、自分に戻れる。

迷ったときに、

「私は、本当はどうしたいんだろう」

と、自分に問いかけられる。

周りの正解に合わせるのではなく、自分で選び、自分の選択を信じられる。

うれしいときには、素直に喜べる。

助けてほしいときには、頼ることができる。

違うと思ったときには、断ることができる。

やってみたいと思ったときには、怖さがあっても一歩を踏み出せる。

安心が、自分の外側だけではなく、自分の内側にも育っていく。

私は、そんな未来を一緒につくりたいと思っています。

誰かの期待に応えるためだけではなく。

誰かの人生を生きるのでもなく。

「私は、これがいい」

と、自分の人生を選べるようになる。

それが、本音を生きるということだと思っています。

小学生の頃から見ていたものの意味

小学生の頃、私は、仲良さそうに見える人たちの言葉と本心が違うことに気づきました。

自分自身の人生では、良い人、良い妻、良い母、良い娘として振る舞いながら、その奥にある苦しさや寂しさを見ないようにしていました。

色彩心理学との出会いによって、自分で思っていた自分と、本来の自分が違うことを知りました。

そして、クライアントさんとの対話を通して、多くの人が、口にしている言葉と心の奥にある想いの間にズレを抱えていることを知りました。

長い間、別々の出来事だと思っていた経験が、一本につながりました。

私はずっと、

言葉や役割の奥に隠れている、その人の本当の気持ち

を見つめてきたのだと思います。

だから私は、今、心から思います。

みんな、もっと自分の本音に気づいたらいいのに。

本音に気づけば、自分を責める理由が変わる。

相手を責めていた理由にも気づける。

無理をして頑張っていたことにも気づける。

自分が本当に望んでいる人生を、自分で選べるようになる。

それは、別の誰かに変わることではありません。

誰かのように強くなることでもありません。

自分の中にずっとあったものを思い出し、本来の自分へ還っていくことです。

人生は、変えるのではなく、還っていくもの

私は、人生は変えられると思っています。

でも、本当は、変えるのではありません。

還るのです。

今の自分を否定して、別の誰かになるのではない。

役割や思い込みを一枚ずつ脱いで、本来の自分を思い出していく。

私は、その瞬間を何度も見てきました。

だから、確信しています。

本音は、人生を無理に変えるものではありません。

人生を、本来の姿へ還してくれるものです。

気づいた瞬間から、人生は自分のものへ還り始めます。

VANAを立ち上げた理由

誰かのために生きることを優先し、自分の本音が分からなくなっている人に、自分の内側にある声を思い出してほしい。

本音に気づくだけではなく、安心の中でその本音を受け止め、言葉にし、自分の人生で選べるようになってほしい。

そんな願いを込めて、私はVANAを立ち上げました。

VANAは、誰かの正解を学ぶ場所ではありません。

新しい自分になるための場所でもありません。

感情や身体の声に気づき、これまで身につけてきた役割や思い込みを一つずつ見つめながら、自分の中にある答えを思い出す場所です。

本音に気づく。

本音を受け止める。

本音を言葉にする。

本音から選ぶ。

そして、本音を生きる。

一人では越えることが難しい怖さや思い込みも、安心できる仲間と共に、少しずつ見つめていきます。

私が目指していること

私が目指しているのは、誰かを変えることではありません。

一人ひとりが、

「私は、これがいい」

そう思える安心を取り戻し、自分らしい人生を選べるようになることです。

そして一年後、同じ旅を歩いた仲間たちと、

「あの頃は苦しかったね」

「でも、人生って本当に動くんだね」

そう笑い合える未来を見たいと思っています。

VANAは、

本音を思い出し、

本来の自分へ還り、

安心という土台から、

人生を創造していく場所。

一人ではなく、仲間と共に歩み、支え合いながら、本音を生きる人生を育てていくコミュニティです。

私は、その旅を、そっと隣で伴走していきます。

Return to Yourself 本来の自分へ還る

本音は、どこかへ消えてしまったわけではありません。

役割を生きるうちに。

誰かを優先するうちに。

「こうあるべき」という価値観を重ねるうちに。

その声が、少しずつ聞こえにくくなっているだけです。

私は、あなたを別の誰かに変えたいのではありません。

あなたの中にすでにある気持ちや魅力、願いを、一緒に見つけたいと思っています。

話したいことが、まだうまく言葉になっていなくても大丈夫です。

何に悩んでいるのか、自分でも分からなくても大丈夫です。

「このままでいいのかな」

その小さな違和感から、一緒に始めていきます。

あなたが自分の本音に気づき、

自分の気持ちを信じ、

自分の人生を選べるようになるまで。

私は、そっと隣で伴走します。

安心があるから、本音は現れる。

本音があるから、人生は動き始める。

今、伝えたいこと

答えは、いつも自分の内側にある。
頑張り続けなくていい。完璧じゃなくていい。
感情を否定しなくていい。

01
どんな自分も愛すること

嬉しい日も、悲しい日も。頑張れる日も、頑張れない日も。完璧な自分だけではなく、弱さや迷いも含めて、どんな自分も愛していくこと。すぐにできなくてもいい。難しいからこそ、ひとつずつ、ゆっくりと。

「こんな私もいていい。」そうやって、自分を認めていくことを大切にしています。
02
それぞれの価値観を尊重すること

人はみんな違うからこそ、美しい。正しさを押しつけるのではなく、「そう感じるんだね。」と、お互いの想いや価値観を大切にし合える関係でありたいと思っています。違っていてもいい。分かり合おうとすること、認め合おうとすること。その温かさを大切にしています。

03
私の「これがいい」を最優先にすること

誰かの期待や「こうするべき」よりも、まずは自分の心の声に耳を傾けること。「本当はこうしたい。」「私はこれが好き。」そんな小さな願いに気づいてあげること。自分の「これがいい」を大切にすることが、自分らしく生きる第一歩だと思っています。

04
私は誰よりもかわいい

誰かに認めてもらう前に、誰かに愛してもらう前に、一番近くにいる自分自身が「かわいいね。」「よく頑張ってるね。」と、愛を向けてあげること。どんな自分も、自分が一番の味方でいること。その積み重ねが、自己肯定感ではなく「自己受容」につながっていくと感じています。

05
安心安全な場所であること

人は、安心できる場所があるからこそ、本当の自分に戻ることができます。誰かが無理をしたり、頑張ったりしなくても、ありのままでいられるような。感情を否定されることなく、「そのままで大丈夫。」と思えるような、そんな安心安全な存在でありたいと思っています。

Qualifications & Career

資格・経歴

100名+
カラーセッション実績
元保育士として8年間、1,000組以上の親子と関わってきました。色彩心理を用いたカラーセッションは100名以上。remember me講座は0〜2期を開講しています。
保育士
幼稚園教諭
オーラソーマ® プラクティショナー
TCマスタートレーナー
カラーケアセラピスト
メンタルケア心理士
フェムリスト®
チャイルドカウンセラー
Customer Voice

セッションを受けた方の声

VANAセッション

「こんなに自分のことを話せたのは初めて。KUNIさんと話していると、自然と涙が出てきて、それがすごく気持ちよかったです。本音を出していいんだと気づきました。」

30代 / 主婦
VANA Knot Reading

「ボトルを選んだだけで、なんで泣けてくるんだろうと思いました。自分でも気づいていなかった感情が出てきて、色ってすごいと実感しました。」

40代 / 会社員
Remember Me

「『いい妻』をやめることが怖かったけど、セッションの後から会話が変わりました。本音を言っても大丈夫だったんだと、初めてわかりました。」

40代 / パート
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